「ロード・オブ・ザ・リング」に見るライトモチーフ Part. 2
前回から少し時間が空いてしまいましたが、今回も映画「ロード・オブ・ザ・リング」のライトモチーフについての解説です。
予告通り、「旅の仲間」のテーマが映画の中でどう変化・発展していくか見ていきます。
前回のおさらい
ライトモチーフとは、簡単に言うと「あるモチーフや主題をアレンジして、特定の人物・感情・状況と結び付けて登場させていく手法」のことでした。あるモチーフが場面によって形を変えて出てくるのですね。
ライトモチーフの中には、「旅の仲間」(フロドが指輪を捨てるのに協力・同行する仲間たち、およびその結びつき)のテーマもありました。
楽譜だとこんな感じです。
「旅の仲間」のテーマ発展
「旅の仲間」のテーマを映画で出てくる順に解説していきます。
タイトル
最初は「The Fellowship Of The Ring(旅の仲間)」のタイトルが出る場面です。
タイトルでこれが画面に出ているときにこのモチーフを流すことで、「旅の仲間」のモチーフであると、印象付けています。
ここでのアレンジは、ホルンと弦を中心に書かれており、(前の「シャイア」のテーマからの流れもあってか)落ち着いたイメージです。
全体的には落ち着きがありつつも、ピアノで吹かれたホルンの前半部、後半部では弦に主旋律が移って盛り上がり、これから始まる壮大な物語を連想させます。
旅立ちーサムとフロドー
次に出てくるのが、サムとフロドが「旅の仲間」としてシャイアから旅立つ場面。
サムにとって「ここから先はこれまで出たことがない」という話をしているところからの、足を踏み出す場面でテーマが流れます。
まだ2人ではありますが、旅の仲間です。そして、指輪を捨てる長い道のりを共にする旅の仲間として、しっかりと歩み始めた場面。
アレンジは、ホルンとイングリッシュホルン(コール・アングレ)によって主旋律が奏でられています。まだ2人なので、かなり控えめなアレンジになっています。
ガンダルフ、アイゼンガルドのサルマンのもとへ
その後に出てくるのは、ガンダルフがサルマンに助言を求めて向かう場面。
「旅の仲間」とまではいかなくても、助言をもらいに行くので、この時点ではガンダルフにとっても観客にとっても、どちらかというとサウロンを味方として扱っているわけです。なので、「旅の仲間」のテーマが流れたように思います。
この後、残念なことにすでにサルマンがサウロンの側についていたことが分かるのですが、これを示唆するようなアレンジをしています。
金管によって強く鳴らされる主旋律の下に、「モルドール」や「ナズグール(黒の騎士)」のテーマで見られたようなフレーズが入っており、けたたましく鳴るティンパニとシンバルの後にはヴァイオリンによる不協和音が奏でられます。
旅の仲間のテーマに続いて、「ナズグール」のモチーフがそのまま入ってきます。これで、この後の場面を観なくても、サルマンが闇の勢力に堕ちていることが読み取れます。
ホビットたちとアラゴルン
ブリー村を出て、ホビット一行とアラゴルンが歩いている場面で今度はテーマが出てきます。
旅の仲間のモチーフの前半部が何度か形を変えて出てきます。
そして、以下の動画(上の動画の続きです)で、旅の仲間の全体像が表れていきます。
アレンジとしては、「旅立ちーサムとフロドー」のアレンジと比べて主旋律を奏でるホルンが1つから3つになり、その他の金管が厚みを作り、ティンパニ(またはバスドラム)もリズムとして加わり、だいぶ力強い響きになってきました。これはアラゴルンが「旅の仲間」に加わったからですね。ただ、まだ仲間の完成には至らないので、まだ少しゆっくりとしたアレンジです。
旅の仲間ーエルロンドの会議ー、ー結成後の旅立ちー
次に出てくるのが、エルロンドの会議の場面。
ここで、「旅の仲間」のテーマが完成形になります。
4:06からの完成形に至るまでのテーマのビルドアップのされ方にも注目です。
フロドの仲間として、次々に会議のメンバーが加わっていき、荘厳な雰囲気のアレンジで進んでいきます。そこでサムやメリー、ピピンのホビットたちが立て続けに出てくるコミカルな場面を挟むところで、いったんホビットたちを象徴する「シャイア」のテーマが流れてきます。そして全員が並び、エルロンドが「旅の仲間」の宣言するときにテーマの完成形となります。最高な場面ですね...。
こうやってモチーフとモチーフを自然な流れでつなげていく作曲家のハワードには憧れます。。。
次に同じくエルロンドの会議の終了後に、旅の仲間としての「契約」について話されてる場面でもモチーフは出てきます(以下の動画、0:10~1:00)。
上記の50秒の間に、「旅の仲間」のテーマが出てくる中にも、「シャイア」のテーマの断片が入り混じって出てきます。この部分については、フロドの心境を描写しており、自身が「旅の仲間」の一員であるという意識が強まり、「シャイア」の住民としての意識が二の次(薄まって)いることを表している、とハワードは述べています。
上の動画の1:48から「旅の仲間」の正式な旅立ち、歩み始めを表すかのように、フルオーケストラのアレンジが登場します。
カザド=ドゥムの橋
今度は、橋が崩壊する中で危機一髪、うまく乗り越えていく場面。
旅の仲間が橋によって分断されそうになったけれど、また一つのまとまりとして動いていくときにテーマが流れてきます。しかし、すぐにこのテーマは、まだ終わっていないバルログやオークの脅威を示唆するかのように、アイゼンガルドのモチーフに見られた5/4拍子に変わっていきます。
ロスロリアンを発った後ーアンドゥインの大河ー
ガンダルフを失い、ロスロリアンの森での一時の穏やかさの後、アンドゥインの大河に旅の仲間の一行は出発し出ていきます。そのときに以下のアレンジ(0:00~0:05)でモチーフの断片が使われています。
ガンダルフをすでに失い、当初の「旅の仲間」が崩壊し始めていることを示唆しています。これ以降はモチーフの断片がほとんどになります。
上の動画の2:40~2:52でもモチーフの断片が出てきます。ここではフロドが本当は独りで仲間を持たずに進んでいくべきではないのかと悩み始めてる場面に続くシーンです。
アラゴルンとボロミアの間で意見対立が起きています。「旅の仲間」の内部のほころびを表すかのように、モチーフは断片のみとなり、不穏な和音へとつながっています。
ボロミアの死後~旅の仲間の解散
ボロミアの死後、それを悼むかのように金管により優しく「旅の仲間」のテーマ(断片)が奏でられます。また1人仲間を失い、その上メリーとピピンはウルク=ハイ、オークにより連れ去られてしまいました。旅の仲間のテーマの完成形から、この時点で勢いがかなり弱められているのがわかります。
そして、以下の動画のフロドが立っている場面につながります。
フロドが独りで旅立とうとしている場面。最初の0:00~0:16でまたモチーフの断片が出てきますが、モチーフが全部奏でられずに、最終的に無音に向かってモチーフが消えていきます。これで、当初の「旅の仲間」が解散したことを表現しています。
最後に、以下の動画でモチーフが少し復活して登場してきます。
当初の「旅の仲間」は解散してしまったものの、連れ去られたメリー、ピピンのため、あるいは旅立ったフロドとサムのために離れていても間接的にでもできることはある、とアラゴルン、レゴラス、ギムリの3人が再び別の「旅の仲間」として(もしくは離れていても「旅の仲間」の絆は残っているという意味で)、テーマが流れてきます。
前の完成形のアレンジと勢いは違いますが、勇ましさは取り戻しました。失ってもまだまだ敗北ではない、希望があることを表しているように感じます。
まとめ
いかがでしょうか?
「旅の仲間」のモチーフ一つとっても、このようにいくつものバリエーションがあり、場面によって変化していきます。実際には、様々なモチーフが複雑に絡み合って映画の中で音楽が登場してきます。
本来、場面にとっては実際には存在せず異質な存在である音楽を、このようにライトモチーフの手法を使って自然に場面に馴染ませ、場面の裏にある心情や状況を伝えることに成功しています。最近の映画では、「ロード・オブ・ザ・リング」のサウンドトラックはトップレベルで、ライトモチーフの使い方がうまいのではないでしょうか。
映画にとって(すべての映画にとってではありませんが)、音楽がストーリーテリングにおいて重要な役割を果たしていることを感じていただけたら嬉しいです。
ソース:
・Musical Themes in "The Lord of the Rings"
・http://www.elvish.org/gwaith/pdf/fotr_annotated_score_2.pdf
・Music of The Lord of the Rings film series - Wikipedia